ホイアンナイト

僕らは完全に酔っていた。薄いアルコールによってか、真夜中特有の蒸し暑さによってか、あるいは他の何かによってかは、記憶が確かでないから思い出すことはできない。1泊5ドルくらいのゲストハウスの前に腰を下ろして、人生の足しになることのない話をしていたという記憶が、最後の明瞭なそれだ。同い年くらいのバックパッカーも、僕らと遜色ないくらいにキマっていた。彼らは大勢でギャアギャア騒ぎ散らしながらぎゅうぎゅうのミニバンに乗り込んでクラブに行ってたっけ。6ix9ineのジャケットのような格好をしたクラブのスタッフ、窓越しに交わされた中指、、、少しずつ記憶が蘇ってきた。まるで暗室のよう。騒ぎに出かける骨の髄から自由な彼らを眺めながら、俺は遊び足りない、と思った。それから僕らは口に入れるものを求めて、すっかり皆寝静まって閑散とした夜の道を徘徊した。口の中からは、完全なまでに水分が飛んでいっていた。時間...時間はどのくらいだったっけ。何分くらい歩いたんだっけ。5分くらい? けれどあの時の5分は、ほんとは15分だったかもしれない。彷徨い歩いたのち、四つ角の隅っこに構える屋台でサンドイッチを注文した。夫婦で営んでいる屋台だった。隣には年齢不詳の、背丈の低いおじさんもいた。おどおどした目つきでこちらの様子を見つめ、しきりにバイタクを勧めてきた。夫婦のどちらかの家族だろうか。時間は、確実に24時をまわっていたはずなのに屋台をたたむ気配は微塵もない。彼らは金が無いんだな、と痛感してしまった。せっかく気持ちよくなってたのに。隣のアメリカ人ーーーというのはさっきからいっしょに酔っている彼ーーーはとっても優しい笑顔で金のない俺にビールやサンドイッチをご馳走してくれた。ハルクみたいな体つきの彼には少し窮屈な赤いプラスチックのベンチに座って空っぽの胃を満たした。俺はひとつだけ食べた。彼はふたつ目を食べ終わり、みっつ目を注文しようとしているとことだった。注文の仕方は至って軽蔑的だった。「はやく出せよ」と繰り返していた。夫婦、特に夫は舌打ちを繰り返しながらも逆らえずにサンドイッチを作っていたが、しまいには作るのをやめた。アメリカ人の彼は「どうした?作るのをやめてしまったのかい?」とまた軽蔑的に繰り返した。舌打ちが加速した。格差。ここまでの格差を目の当たりにしたのは初めてだった。せっかくさっきまで気持ちよくなってたのに、とまた思った。頭からウイスーキーを浴びて、この胸糞悪い記憶をかっ飛ばしたい衝動にかられながら、僕らは宿の方向へ歩いて行った。彼は優しくていいやつで最高だ。そう思う。