05072021

🐸 目の前に聳え立っているchromeのウィンドウや科学書や図鑑や論文を全てシャットアウトしてどっかに逃げ出したい気分になってきたから、素直にそうした。骨が砕かれそうなほどの紫外線だったけど、気にせずバイクに乗ってジュンク堂に行って、いつもは値段を気にして買わない新品の本を買った。ただでさえ人がまばらなB1に平日に行ったもんだから目的の列は独り占め、みたいな感じで、めぼしい本があったら帯を摘んで少し手前に引っ張り出したりしながら直感と会話して選ぶことができた。楽しいよね、この選び方。何で久しぶりに新品の本を買ったかというと、友達に誕生日プレゼントで図書カードを貰ってたからで、その分値引きされてやっぱりうれしかった。そして帰途で適当に食いもんでも買って帰って、プライムデーで買ったジンを飲みながら本の中に逃亡したら頭のショートは収まって一件落着、また世界に立体感が戻ってきた。こうやってね、たびたびやってくるノイズみたいなものにいつも素直に対処できればいいんだけど、ノイズがだんだん増幅されているのが分かってるのに、頭に情報が入り込みすぎているのが分かっているのに、目の前に聳えるものがそれはそれで魅力的で、それから情報を取り込むのをやめられなくて結局ある日ブレーカーが落ちる、みたいな事も結構あるわけで、ほんとどうすればいいんだろうね、まったくね。歳を重ねたらもう少しは生き方上手くなるかなー。

 

🐸 で、誕生日プレゼントの話の続きで、その友達はまあまあ誤差あるな(俺まだ誕生日に向かって助走も初めてないけど)、ってタイミングでプレゼントをくれたんだけど、図書カードの他にも、俺が自分からは絶対に手を出すことはないけど読んだら読んだでめっちゃ面白いと感じるライン上にある、みたいな本をくれた。とても最高だった。さすがTSUTAYA店員だと思った。何がいい?って聞かれて貰うプレゼントも100%の確実性があってめちゃくちゃいいんだけど、こうして不意に貰う核を突いたプレゼントはほんとうに最高だと思った。こんなプレゼントをさらっとあげられる大人になりたいと思った。

19062021

インターネットってやっぱり面白いよな、って今更思ったっていう話なんだけど、やっぱりインターネットには底知れない面白みがある。

 

みたいな小泉進次郎構文を全力でイジり倒すbotツイッターに存在していたり。

全くもって興味を持てない人間が目の前で何かを一生懸命力説しているとき、机の下で、住処も名前も知らない惹かれるひとと映画に関するテキストメッセージをくり広げることができたり。

セールの時間を待たずにかごに入れてしまった品物が、その時間になると、勇気を出して店員に「あ、、すいません、、、値引きのシール、、、お願いしてもいいですか、、??」っていちいち声をかけなくても勝手に値引きされていたり。

一度知り合ってめちゃくちゃ波長が重なって話が盛り上がったけど、次会えるのはいつになるかわからない、そもそももう次会うのは天国になりそう、みたいな人とお互いにフォローし合っておくことで、

「お、あいつフジロック行ったんだ、俺も行けばよかったな」

「お、あいつ猫飼い始めたんだ、かわいーー」

ぐらいの距離感は保っておくことができたり。

 

で、今存在するインターネットの使い方が、それが持つポテンシャルの氷山の一角だけだって考えたら頭の中が満開のお花畑になる。

そして結局、俺たちは人間を心から愛しているのかもしれないね。

 

youtu.be

30042021

過疎

無機質

昭和の抜け殻

久しぶりに訪れた北九州では、そんな言葉が頭の中を飛び交った。

夜、酒が飲みたくなってフラフラと商店街を歩いてみても、シャッターを上げている店は片手で収まる程度。アルコールを出さない店は見当たらず、ろくに飯も食えない。てきとーに入った居酒屋の大将は、近くにあったほっともっとや資さんうどんさえも潰れたって寂しそうに言った。ここは、面積あたりの高齢者人口の割合が飛び抜けて高いとも。そもそも、一番の光源がパチ屋の街はどう考えてもオワっている。歩けど歩けど、体温を感じない。あまりのがらんどうぶりを直視したくなくて目を覆っても、既に脳内に侵入している冷え切った街の光景は、脊髄を通り抜けて身体を芯から冷やしていく。

あーあ、せっかく冬が過ぎて末端冷え性が治ったと思ったのに。

というか、うどん屋のくせになぜかおはぎがバカうまい資さんうどんが、ありがたいありがたい24時間営業の資さんうどんが、そもそも北九州発祥の資さんうどんが、北九州の地域から撤退するなんてマジかよってことをずっと考えていた。というかそれぐらいしか考えることがなくて、それぐらいしか考えられなかった。

駅前には、俺の人生史上一番デカくて長いイオンモールが聳え立っていて、なんだかそれが街全体に蔓延するウンザリ感を増幅させてしまっている気がしてならなかった。無様だよな、イオンモール。イオンのスーパーじゃなくて、イオンのモール。モール。mall。無様。デカくなればなるほど、かっぺ度合いが増していく。かっぺ度合いの指数関数的増加。すごいよな、イオンのモールのサイズを見ただけで地域のかっぺ度合いを一瞬で悟ってしまうことができるんだもんな。研究者とか政府はわざわざ人口の統計をとって過疎具合を評価するんじゃなくて、イオンのモールの総売り場面積か何かで評価したらいいと思った。

 

なんでいきなり北九州に行ったかというとそれは博物館に用事があったからで、その用事の最終日にはよくしてもらった職員の方が「視察ってことにしときますから」と耳打ちしてきて、タダで中の展示を見ることができた(外面作り笑顔、内心お祭り)。博物館は小学校低学年ぐらいの時、つまり15,16年前に1回だけ行ったことがあって、微かに残るノミサイズの記憶を引っ張り出してきて今現在の展示と照らし合わせていたけど、なかなか合致しなかった。ノミサイズの記憶には、ティラノサウルスの頭骸骨がショーケースに展示されていた光景が確かに残っていたけど、今はそんなものは見当たらず、無数の恐竜の全身骨格が屹立していた。後で職員の方に聞くと博物館は10年前にリニューアルされたらしく、昔の記憶とは全く別の光景を見ていたみたいだった。恐竜に関して言うと、昔みたいなショーケース越しの展示じゃなくて、低い柵はあるけどブツを全て生で見ることができるように展示されていてめちゃくちゃ良かった。日曜でガキがいっぱいいて、手の届く骨は片っ端から触りまくってたけど、、笑。ガキといえば、俺が蝶の標本の展示を見ていたら5才ぐらいの男の子が突然後ろから喋りかけてきたから、一緒に好きな動物の話や、俺は今じゃもう全くついていけてない戦隊モノの話を15分ぐらいしていた。まだ話は支離滅裂だったんだけど可愛かったから、親が来るまでずっと話していた。その子とは喋った瞬間に、纏っている空気の波形がすごく近いような気がしておもしろかった。あるよね、こういう事。ほんのたまーーにだけど。これをオードリーの若林は音叉、リリイシュシュのすべてではエーテルって表現してるよな。

ガキの話はもうひとつあって、それは博物館にある哺乳類の展示スペースでのこと。スペースの一角にはアザラシ、アシカ、トドといった海獣の剥製が展示してあって、俺はスペースのパネルに書いてある、アザラシとアシカの耳の違いに関する文章ををぼけーっと読んでいた。そしたらスタイルいい感じのお母さんに手を引かれて小さい男の子がやってきて、すごいねー、かわいいねー、とか言いながらアザラシ、アシカの順で展示を通り過ぎていった。俺は、やっぱ子どもかわいいよな、とか思いながら親子を横目でチラ見していると、その親子は海獣スペースの最後に君臨する、まるまると肥えたトドの剥製に差し掛かった。すると、その男の子は何を思ったのか真面目な顔で突然、

「なんかママみたい」

とか言い出すから俺はもう

wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

ってなって噴き出そうにも噴き出せず、恐竜が目玉の博物館の、特に盛り上がってもいない哺乳類スペースの片隅でひとり必死になって笑いを噛み殺していた。

おもしろいじゃん北九州。

熱狂的なファンだと周りの人に思われたくないし、SNSとかYouTubeがあったとしてもフォローボタンの方向に指が動かないけど、営業か何かでふと目の前でネタを見せつけられたら大爆笑しちゃう確信がある芸人に、

BKB

がいる。笑

営業で近くまで来たら絶対ひとりで見に行く。

ぜったいに。

ひとりで。

なんなら目立たんように暗めの服を選ぶ。

会場で知ってる顔を見かけたら、その人から確実に死角になる席に座る。

そしてにやけた顔を隠すために、頭は俯き加減で、前髪横髪を全力でおろして帰る。

けど BKB!!! ヒィィィィィィィア!!! バイクだけに!!! ブンブン!!! が脳内ぐるぐるエンドレス再生されて吹き出すな絶対。

みたいなことをビジネスホテルの部屋でひとり妄想していたら、BKBのラグランって売ってないのかなーとか思いついて、検索してみたら吉本公式サイトでしっかり売られていたから近いうちにカートに追加するのボタンを押そうと思う。笑笑

かっこいいよな、あれ。FENDI のわけわからんシャツ着るよりよっぽどかっこいい。

あと登録ボタンを押すのに一抹の勇気が必要な「バイク川崎バイクの公式ユーチューブンブン」があるから、いつか気が向いたら「バイク川崎バイクの公式ユーチューブンブン」の一支持者になろうと思う。

そこのあなた!! チャンネル名バカにしてるだろ!! って思ったの分かってるよ!!

直感鋭いな!!


 

www.youtube.com

07092020

最近にしては珍しく昼頃にベッドを抜け出す。昨日、初対面の人間と沢山接して疲れていたんだろうか。台風の余波が扉を揺らす。窓越しに聞こえた雨音がChet Bakerの歌声と融合し、まだ眠気の拭えない脳を揺らす。雨の憂鬱が和らいで、淡い紅を帯びる。

 

毎度のように、ジャンキーに救われている気がする。それも、正真正銘のジャンキーに。彼らのキマり切った虚ろな目はいつでも、存在するかも分からない真理の方向を見つめている。素面の時に目前に転がっている、身体中を引っ掻き回したくなるほど、悪寒や吐き気がするほど焦点の合わさり切った世界に真理なんて存在する訳がない。そんなことは大人になった心がよく理解しているはずだ。けど、ドラッグの先の世界でも真理は一向に目の前に現れず、愚物みたいな愛や生活に辟易してセックスもできなくなるほどドラッグに溺れている、そんなMark Renton が吐き出した言葉を、俺はいつでもすぐに引き出せる場所に留めておいている。Renton が発するような、ゲロみたいな汚物に汚された言葉ほど熾烈に脳裏に焼き付いているのはなぜだろうか? 前の恋人と、日付の概念などお構いなしに吐く寸前まで酒を呷りながら trainspotting を観ていたせいなのかもしれない。雑に並べられたウイスキーの空き瓶。trainspottingのサントラ。ピストルズのポスター。Sid Vicious の醜態。記憶が全て泥酔している。その娘とは、別れた後もぼちぼち居酒屋に行ったり部屋でレコードを聴いたりしながら、音楽や映画の話をしていた。trainspotting が好きになったのも、The Horros や STARCRAWLER を聴き始めたのもその娘の影響だ。ちょうど半年前ぐらいがその娘の誕生日だったから、誕生日に Sonic Youth のレコードを送った。大喜びのLINEが送られてきて、今度電話をしようという話になったまま半年が過ぎた。こうして互いの手元には互いに教えあった音楽だけが取り残され、その皮膚が張り裂けそうになるほど歪められたノイズは、時たまにその娘の記憶を脳の奥底から引き摺り下ろし、雑な手つきで弄ぶ。変わることなく酒に浸かっている俺は、愛の真実をそこに感じる。

XX082020 sunny blue

すっからかんの冷蔵庫を埋めるために昼過ぎに買い物に行って、帰ってきてから昼ご飯を食べ終えると夕方まで眠ってしまっていた。台風が過ぎ去ったばかりで、窓を目一杯押し開けると、数日ぶりに柔らかい太陽と色白な雲の薫りが鼻腔に充満するのを感じた。昨日と打って変わって何も感情を露にしない空を眺めながら、何も起こさなかった1日を茫と俯瞰した。空中キャンプをランダムで流す。都会に繰り出して酒瓶に殴られたい気分だ。

 

ネットで知り合った女性とLINEを交換して会話を続ける。いつもだったらこの辺りで適当にドライブでもして酒を買って帰って一緒に眠っているところだけど、俺たちが住む世界のルールは悪い人たちによって作り変えられてしまっていて、俺らはまだ互いの体温を知らない。

こうしてLINEでの会話が長引き過ぎているせいで、俺は彼女のことを知り過ぎている。俺が知らない部分の彼女が通知音とともに磨り減っていっているのが手に取るように分かる。知るという行為によって侵食された部分が全身に転移した時、その美しい魅力は唐突に崩れ去り、俺は彼女から目を逸らし始めるのが分かっている。彼女の内面や身体の隅々まで知り尽くしてしまった時、俺は彼女に失望してその存在を突き放してしまう予感がある。

何度同じことを繰り返せばいいんだ? こんな堂々巡り、ちっとも美しくない。汚染された都会の星空の方がよっぽど美しい。全部、暗闇が覆ってしまえばいい。

 

 

夜になる。ベランダからグラスを落とす妄想をする。

帰省をした。今回はゆっくりと1週間。

予想はしていたけどとんでもなく乾燥していて、消費する化粧水の量はいつもの2倍、使う頻度も2倍って感じで、お財布に優しい無印の化粧水を使っていて良かったと思った。響きがクソダサくて普段自分からは決して口にしないんだけど、俺はムジラーです。。

末端冷え性も通常の倍ぐらい拗らせてしまうのは毎年のことで、露出した横頬から雪が体温を奪っていくのを感じながら柴犬の散歩をしていると、指先の神経が使い物にならなくなっていって、あの時指先が車に轢かれても多分俺はそのことに気がつかなかったと思う。

時間は弓矢なんかの何倍もはやいもんで、家族と牡蠣を食べに行ったり、友達とは焼き鳥や馬を食べに行ったり、親戚と焚き火を囲みながら互いの趣味の話をしたりしていたら、復路の飛行機の搭乗日前日ですよ、というメールが届いてしまった。

何年か前みたいに、地元の友達と大勢で集まって騒ぐってことはもう無くなっていって、本当に仲の良い人間だけと、舌がマジで大喜びするようなものだけを囲みながらお喋りをすることに時間を費やすようになった。

本当に大切で爆笑できるようなことだけが残っていく感覚が嬉しくて、本気で「また次ね」って言って別れた帰り道はひとりでにやけていた。恥ずい。赤面。恥ずい。おい通りがかりの車、轢いてくれ。

 

というわけで、丑年。

さっきの文、せっかくだから丑年にあやかって「おい通りがかりの丑、轢いてくれ」でもいいと今になって思ったんだけど俺の実家はそこまで田舎じゃないからやっぱり却下。

丑年になった瞬間は、酔っ払いすぎて寝ていた。久しぶりに対面するテレビ、ということで本当はおもしろ荘が観たかった。あのタイミングで、あの時間帯に観るおもしろ荘が。ガキ使は最近観なくなってしまった。単純におもしろさが感じられなくなった。昔のやつはよく観るんだけど。俺が年末のガキ使で一番好きなシーンは、『ホテルマン』の回で、遠藤の弟(めちゃくちゃ真面目そう)が登場してホホホイを完コピするシーン。通常回のガキ使で一番好きなシーンは、『ききカレー』の回で山ちゃんがアウトになって、奥からインド人が出てきて罰ゲームで思いっきし振りかぶった重いビンタをくらうシーン。

帰省しているうちに食べる量が増えたせいかいつのまにか食欲が復活していて、よく食べる分体力が有り余っている。煙草は、何ヶ月か前からどうしようもなく不味く感じるようになってしまって、キッパリ吸わなくなった。多分そのせいで、身体がとてつもなく軽い。

笑っちゃうぐらい好調な滑り出し。どこへだって行けそうだ。

浮雲

せっかくウイスキーの美味い冬が来たっていうのに、何週間も太陽を見ていないせいで心がどんどん金属みたいに重くなっていって、それにつられて体も重くなっていく。このままアスファルトをも突き破る勢いで地面の底に沈んでいって、マグマと一体化するのも悪くないね。なんだか太陽みたいだし。海の下の太陽。上下左右なんて概念がない世界で浮遊するのは気持ちいいんだろうなきっと。体のことばっかり考えているから、重いとか軽いとかそいういうことを感じるんだろうな。そしてそれに囚われすぎて、何か新しいことを貪るために使うはずだったエネルギーは知らぬ間にボトボトと冷えたコンクリの上に垂れ流されてしまっている。怪我をして流血しているのにそれに気づかずに真顔をしているみたいで、滑稽。抵抗しようのない無気力。あえて抵抗しない?? なんだそれ。ヤク中並のエネルギーが欲しい。

 

まだ少し暖かさが残っていた秋のある日、佐々木中という人の存在が視界に飛び込んできた。大学の図書館で検索をかけると確か2冊の本がヒットして、その中から直感だけに従って『切りとれ、あの祈る手を』を読んでみた。衝撃だった。何度でも言える。衝撃だった。それこそ、"貪る"という言葉の存在価値を手に取って確かめるように、だいぶ久しぶりに手元に帰ってきた熱量と抱き合うように、血眼になって言葉を追いかけた。文字や時間が消え去った世界や、何か大事なことまで一瞬にして到達してしまえるような世界への憧れを抱くことが多いけど、この本を読んで、一度眼を通しただけでは手も足も出ないような世界、一生を懸ける勢いで向き合わなければ紐解くことのできない世界もこれまた美しいと再確認した。やっぱり、一度フィルターを通しただけで価値を失ってしまうものは紛い物だっていう直感は間違っていないみたい。ゆっくりいこう。読もう、聴こう、何度でも。そして感動しよう。時には爆笑がやってくるかも。本物と一生を共にしよう。笑えるな。

 

坂本慎太郎の『小舟』のギターソロを練習した。チバユウスケ横山健ベンジーを見てセミアコでロックンロールを弾き倒すことだけがかっこいいと思い込んでいた俺は、数年前に epiphone の CASINO を買って、一生リアだけで弾いてやらぁ! って下手糞なくせに息巻いていたわけだけど、最近はこうして坂本慎太郎を弾いてみたり、The Smiths を弾いてみたり、ネットに Chet Baker の『But Not For Me』の tab が転がっていたから練習してみようと思ったり、だいぶ落ち着いて幅が広がってきたなあと思う。まあ落ち着くことなんてバカらしいからPUNKもバリバリ弾くんだけど。けどPUNKだけバカみたいに弾いてても上手くならないよね、たぶん...。やっとセミアコっぽい使い方をされて愛しの CASINO ちゃんもさぞ喜んでいることでしょう。歳をとって、さらにエロい音とルックスになってほしいと思う。

 

そんな『小舟』には"逃げ遅れたってことか"っていう歌詞があって、最近ずっと曲を聴きながらギターを練習していたせいか、その歌詞について考え続けている。その歌詞が頭の中に居座り続けている。まるでライブで聞いた彼の声が永遠にフィードバックしているみたいに。常に最先端でありたいとか、常に真理に気づいていたいとか、そんな欲求は持ち合わせていないし、もし持っていたところで叶わないのは自明だと思うけど、"逃げ遅れた"という言葉の響きが心に重くのし掛かってきてしまう現実が、ネットを介して知る今の世界と"逃げ遅れた"という言葉が寒気がするほど完璧に重なってしまう現実がやっぱり確かにここにあって、その事実に悲しくなって少し泣きそうになる。こんな何回経験したかも分からない悲しさに嫌気がさして、Sonic Youth を爆音で聴く。少しだけ気が晴れる。布団に入って明日の朝を想像する。また、底まで沈んでしまいそうだ。

もうかれこれ3年ぐらいの付き合いになる友達と、だいぶ涼しくなったね、なんて会話を交わしながら海辺を走らせてパルコに行った。それからふたりして唐突に寿司が食べたくなったから、はま寿司にも行った。日常生活では滅多に回転寿司に行かない俺は、約2年ぶりに口にしたサーモンの握りの旨さに衝撃を受けて、サーモンの脂が旨く感じられるラインと、気持ち悪く感じられるラインのギリギリのラインまでサーモンを注文した。友達も同じように久々に口にしたサーモンの旨さに衝撃を受けていて、炙りとろサーモンみたいなやつを注文していたけど、たらたらと流れてきた炙りとろサーモンには土方十四郎を彷彿とさせる量のマヨネーズがかけられていて、はま寿司のクソバイト野郎マジしっかりしろよ死ねよバーカこのマヨラー!!!って思いながら、マヨネーズが得意じゃない友達と一緒にサーモンの上に無造作に乗っけられた大量のマヨネーズを落としながらそれを食べた。サーモンに続いて注文したサンマも体内から快楽物質が溢れ出すほど旨くて、地球上における光りものの存在価値を再確認した。光りものよどうか頭の悪い人間の乱獲を免れて生き残ってくれと思った。年末帰省した時に、はま寿司のもっともっと上を行く味の光りものに出会えたら嬉しい。時系列が前後するけど、パルコではタリーズで適当に飲み物を頼んでずっと音楽の話をしていた。友達も俺も比較的幅広く音楽を吸収している方だとは思うけど、ふたりとも全くと言っていいほど音楽のルーツが異なっていて、友達はR&B、俺はPUNKといった感じだから、幅広いと言えども普段聴いている音楽はほとんど被りがない。かろうじて被っているのがLil PeepやXXXTENTACION、Juice Wrldみたいなもうくたばってしまったアーティストばかりで、彼らの死を嘆きながら残された音楽の価値をふたりで再確認し合った。友達は俺に、Angie Stone の『No More Rain』や、D'Angelo の『Brown Sugar』、Roy C の『She Used to Be My Lover』を教えてくれた。R&B界隈の人間からするとこれらの曲は基本中の基本で、俺が初めて聴いたことを知ったら心底驚かれるんだろうな。Sex Pistols の『God Save The Queen』を知らないと言われたら俺が「マジかよ!」って思うみたいに。家に帰ってYouTubeでちゃんと聴いてみると、『No More Rain』なんかは再生回数が2千万回手前までいってるだけあってえげつないほど素敵な曲で、紹介された曲が入っているアルバムを追加しておいた。俺は普段声の美しさには特に気を払わずに音楽を聴いているけど、今回やっと、声は楽器であると言っている人の気持ちを理解できたような気がした。俺は友達に、Melanie Faye の『It's a Moot Point』やFrank Ocean の『Nights』、Meltt の『Love Again』を紹介しておいた。深夜に聴くと、脳味噌が宇宙までぶっ飛んでしまうヤバいブツを。普段パソコンをいじりながらYouTubeで音楽を聴いていたら、優秀で身勝手な人工知能がおすすめに、インディーで自由で尖っていて浮世までは当然の如く浮遊してこないような音楽を提示してくれるようになった。Meltt なんかはそんな経緯で出逢ってしまったアーティストで、全容はよく知らないんだけどアルバムを耳が溶けそうになるまでリピートしている。そんな音楽を、将来の難聴のことなど意に介せずに、ヘッドフォンで爆音で流しながらすっかり涼しくなった夜道を歩いていくのがたまらない。暗闇に溶けて消え去っていくような感覚がたまらない。

例えば車で信号待ちをしている時のような、他人に見られると恥ずかしいくらいの無の表情を曝け出している時に、人生で5本の指に入ろうかという面白いエピソードが唐突に出現してきて、隣の車窓からの視線を気にしながらひとりで笑っていることが結構ある。特にここ最近。

出現回数が多分一番多いのが地元の友達の話で、そいつが沖縄に出張した時のことだ。そいつはその出張が初沖縄で、そのことも相まって気分が良くなっていたのか、職場の先輩と一緒になってステーキやなんやら飯を食いまくったりパチンコを打ちに行ったりしていたらしく、現金として持ってきていた数万のほとんどを使ってしまったらしい。その時点でまだあと数日の滞在が残っていたから、金を引き落とすために財布を握りしめてゆうちょのATMに行き、お馴染みの緑のキャッシュカードを財布から抜き出したその瞬間、出てきたのはそれに色味がよく似たファミマのTカードだったっていう話。しかもちょうどクレカの磁気を飛ばしていてどうすることもできないそいつはあまりに絶望し過ぎて頭がおかしくなり、国際通りをそこが国際通りだと気づかないまま1, 2時間さまよっていたらしい。しまいには、国際通り沿いのマックでなけなしの数百円を捻出して注文し、貧乏ゆすりをして頭を抱えながら「だるいわーー」とぶつぶつ呟いていたそうだ。俺がちょうどその日にそいつと飯を食いに行く約束をしていて、おかしくなってしまった頭を引きずって動揺を隠しきれていないそいつに爆笑しながら5万ぐらい貸してあげた思い出。そいつはその後も何度か出張で沖縄を訪れているわけだけど、毎度飯を食いに行くたびにゆうちょのカードを持ってきているかを俺が真っ先に確認するのが恒例のノリになった。何度も沖縄を訪れている人間で、2回目でやっと国際通り国際通りだと認識した人間はそいつが史上初かもしれない。今思い返すと、レイクかどっかにそいつを引っ張り込んで金を借りさせたらもっと面白かったんじゃないかと思う。

そいつとは飯に行ける距離まで近づいたらすぐさま約束をするぐらいの関係性で、多分こんな関係性が一生続くんだろうと思う。互いに柄にもなく何かの間違いで結婚なんてしちゃったとしても、互いに丸まることのないようにゲロの話とかセックスの話をしていたい。狭い空間に収まることなく、突発的な思いつきに全信頼を寄せて車を遠くまで走らせ、一生爆笑できるような出来事を呼び寄せていきたい。その途中で車が大クラッシュしたとしても、あの世で「死んじゃったなーー」なんて言いながら爆笑していたい。

高校の友達の話もまあまあ出現回数が多い。彼女は大学生活の中でずっと居酒屋でバイトをしているわけだけど、そんな彼女が出来上がった料理を手にして注文先のテーブルのあと一歩手前まで来たという所で、超絶ベタに足がつまずいたか何かで運んでいたカキフライを辺り一面にぶちまけたという話。事の展開がベタすぎて鼻血が出そうなんだけど、訳がわからないことがあるもんで、ふと気を抜いた瞬間にそのエピソードが何度も飽きることなく出現してくるもんだから、俺も俺で立ち会ってもいないその瞬間の妄想のリアリティを高めるみたいな遊びをしている。ぶちまけた瞬間を想像すると何度でも笑える。

彼女とも多分随分と長い付き合いになるんだろうな。彼女も俺もとりあえず院進することになったから、社会に組み込まれちゃう前にもう一度ぐらい、働くのだるいねーー、なんて話しながらスノボにでも出掛けたい。

 

結局、ここで書いたどっちの話も、その面白さというのはその人の人間味みたいなものを知らない限りあまり笑えるような代物ではないし、俺自身も友達から俺が知らない人間のエピソードを聞かされた所で、俺にできることといえば目の前のグラスの空きを確認して真顔のままレッドアイを注文することぐらいだけど、まあ、腹が捩れるぐらい爆笑するのは最高ってことだ。爆笑しながら、本来であれば退屈で間延びするはずだった時間を一瞬にして駆け抜けるのは最高ってことだ。一生身体に跡が残るような出来事にぶち当たるのは最高ってことだ。