深く潜る

ウイスキーに手を出したきっかけというのは、ただ業務用スーパーで格好の良いグランダッドのラベルに惹かれただけなのか、スラッシュがジャックダニエルを愛しているのを幼心に模倣してみただけなのかは定かではないが、たぶんそのどちらかであろう。それから一年ほど経ったであろうか、無数の瓶が棚に並べられるまでになった。実際は並んではいないが。ものが多いのは大っ嫌いだ。スコッチも好きになれない。鼻腔や口腔に真っ白な煙が充満しているような気がして不快で、自ら手に取ろうとはどうしても思わない。俺の中では、ウイスキーといえばバーボン一択である。マクレガーのストレートのように不安定で若々しい強烈な一発を感じられるのがたまらない。かと言って、たかが一年齧ったぐらいではキャラメルや樽の薫りを嗅ぎ分けられるほど崇高な舌を持つには至っているわけもなく、ただそれでも、脳みそが受け入れない訳のわからない香りを放つテキーラや、翌日かなりの確率で吐き気を催す日本酒など、どんな酒でも美味しいね、と叫び散らかす彼女に一瞥を与えながらバーボンを飲み干す、そんな人間でありたいと思う。

タバコにも、手を出している。最近は専ら手巻きをやっている。前々から興味はあり、東南アジアで出会ったロン毛の生物学院生が、買った場所さえも想像のつかないようなパッケージの葉っぱを、擦り傷のたくさん入った短パンから徐に取り出し、素早く巻き上げる姿を目の前に見て興味に火がついてしまった。この巻きタバコについてはくだらない妄想をいつもする。舞台は赤道の通る国。

警官「やあ君!どこから来たんだい?」

俺 「日本さ。顔見りゃわかるだろ?」

警官「まあな。ところでそれ何巻いてんだ? もしかしてはっぱかい?」

俺 「違うよ、ただのタバコだよ。インドで買って来たんだ!」

警官「あ、そうかい。なんというか、パッケージが怪しかったもんでね。」

俺 「気にすることないさ。一本やるかい?」

警官「もちろんさ! タバコは大事な習慣さ。毎日お祈りをするくらいにね。」

こんなくだらない妄想を続けている。潜在意識がしている妄想なんてこんな愚物よりさらに壮大で非常識で、時にはイリーガルな妄想をしていることだってある。ただ普段は、常識的な俺がイリーガルな自分を押し殺し、九尾が牙を剥くかの如く暴れ出してしまうのを抑えている。そういう自分は、本当は脳の表層まで出て来たいのか、あるいはそのような自分が現に存在しているという紛れもない真実を享受させようとしているのか、夢の中では今にも牢屋に入れられようかという行動をしていることがごく稀にある。そのような一面と深く対話できた時こそが、アルコールを止める頃合いであろうか。数少ない金を叩いてフラフラになる理由なんて、深く潜ること以外の何物でもない。深く潜って出会うことのできる、時にはイリーガルなイメージや思考こそが、もう少し、もう少し、激しく生きてみようと思うきっかけとなる。