内向的薄暮

薄く汗をかいた肌にまとわりつく湿気が不快で目が開く。

陽はまだ上る気配はない。

隣の友達の純白でしなやかな腕は、重力で俺の頚動脈を薄弱に圧迫する。

手荒くそれを払いのけ、再び瞼を閉じる。

目覚めはいつでも太陽とともにある方がいいに決まっている。

いつでも2度寝をしていたいのは、記憶から抹消されることのない夢に出会えることが幾度もあるからだ。

 

今日の俺は、何処かの国の大聖堂でオーケストラを目の当たりにしていた。

そこにたどり着いた経緯や、奏でられていた曲や、周りに知り合いがいたかどうかはちっとも覚えていない。

どうせ旅先で、泥酔や色事に飽き飽きしてしまって、知らない人たちの流れに乗ってふらっと入り込んだのだろう。

演奏の大半の記憶は皆無だが、

最後に指揮者が握り拳を作って全ての演奏が終了した。

一瞬、清閑。

後、大歓声、スタンディングオーベーション。地鳴りで大聖堂が震えわたる。

揚々たる表情で袖にはける芸術家に惜しげのない賞賛を与え続ける上流気取りの大観衆に対し、俺はひとり不貞腐れた姿勢で座席に深く座り込んだまま動かない。

地獄を見ているかのような疎い目で、不穏な色に染められた空気を見つめていた。

 

2度目の目覚め。

カーテンはまだ閉ざされたままだが、偉大な太陽はその存在を隠すことはできない。

既にベッドから抜け出し、座布団に腰を下ろしている友達に言葉を投げかける。

「ね、カーテンぐらい開けなよ。」

「そうよね、起こしちゃ悪いと思ってさ。それよりさ、今Twitter見たらJがパクられたんだって。」

「ん、どうして?」

マリファナだってさ。わたし、この前ライブ行ったばっかなのになあ。社会はさ、なんでこうも天才ばかりを摘み取っていくんだろうね。」

俺は、心の中に微塵の驚きも発生しないままその真実を受け止めた。

机の上に清楚に佇んでいるもの、唐突に閃光のように視界に飛び込んでくるもの、ブラックホールを超えた宇宙に漂っているもの。

存在すれば全て真実だ。

Jが雲を介さない月光のように攻撃的で色艶のある瞳で、ほんの少し遠い世界へ行っていることなんで、誰もが知っていることじゃないか。

友達が最後に口にした言葉には俺も同意したが、相槌を打つのはなんだか白痴でつまらない気がして、何も発さずに黙っておいた。

 

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去り際の太陽を遠くに眺めながら、ベランダでサイケに揺れる。

寿命を前借りして、ほんの少し遠い世界へと旅をする。

人肌のように暖かい橙色の光は、万物の輪郭を浮き彫りにする。

その浮き彫りになった輪郭が、吐き気を催させる。

輪郭がはっきりしすぎていると、吐き気を催す。

痛飲した時のみにまみえる世界が常しえのものとなれば、こんなに生き急ごうとしなくてもよくなるかもしれない。

眼に入ってくる全てのものや、こころに働きかけてくる全ての感情が、自分からの距離を掴むことさえ困難なほどぼやけていたらいいのに。

輪郭が過剰にはっきりとしているから、逃避行に走り、また一歩後退。

手のひらで触れられるものは何もなく、愛や信頼といった感情のみの世界があったら、お気に入りの椅子にしがみつく子供のようにそこに居座っていようとするだろうか。

今生きている世界には、そんな場所は存在するだろうか。

カラダから解脱してしまいたい、との思いが頭を巣食って占領してしまうことが幾度となくあるが、なんとか思いとどまっているのは、未だ今いる世界を知り尽くしていないからで、何処かで苦の無い生活にばったりと出会えるかも、といった一抹の希望を地に引きずりながら、すぐに沈んでしまう自分を騙し騙し命を繋いでいる。

 夕方は寿命がはやく擦り切れているような気がする。