瞼の裏側

幾度も経験を積み重ねるごとに、驚きや感嘆の表情は表に現れないようになり、水晶はどす黒い小石へと変化し、地平線に沈みゆく太陽を映し出す鏡のような瞳には次第に影が差してくる。

いつの間にか取り払われていた幼心をもう一度奪い返したい、とは誰しも思うことだ。そのためには、今の命をたたんで再び生まれてこなくては。だだ、転生して再び誕生した幼い人間は、前世であれほど渇望していた幼心をひけらかしては無残なまでにすり減らし、青春を迎えて初めて、手元に残った目も当てられないほど傷ついてしまった幼心を客観視する。

この世ではもう幼少期を取り戻せないことを悟った人間は、ただ唯一価値を見出していた音楽さえも壁に投げつけて叩き壊し、冷酷な銃口を顳顬にあてがう。

身体を得ては撃たれて失って、身体を得ては刺青を入れて失って、身体を得てはズタボロに傷つけて失って、身体を得ては黒くなって失って、身体を得てはクスリ漬けになって失って、身体を得て次はどうやって失う??

繰り返しにはうんざりしている。

無の世界へと跳び立つんだ!

できれば、方向感覚さえ無い空間へ。

頭上を颯爽と横切る信号機や、淡い街灯の光が鬱陶しくてしょうがない。前の車のナンバーがゾロ目であることさえも苛立ちを引き起こす。光を当てないでくれ。せめて真夜中ぐらいは、光の当たらない、自分以外の何者も干渉できない空間で自由を弄びたい。

内を眺めた時のみに現れるその空間では、外界に少したりとも興味を示さずに黙りこくっていた細胞たちが、永遠に流れゆく幾何学模様の波に乗って踊りだす。

憂鬱で閉じていた目が瞠く。重力に屈していた身体が突然跳ね上がる。

涅槃へと向かうんだ!