27102018

街灯を滅多に見かけない、相手を選ばずに一切を飲み込んでしまいそうな闇に取り憑かれた夜道を、hと指を荒く絡ませ合い、肩を幾度もぶつかり合わせながら千鳥足でゆらゆらと歩く。方向感覚や距離感を掴めなくなってしまった脳はとても重い。こんな時にしか子供に戻れない。周りなんて糞食らえ。目の前に現れる全ての電信柱に唾と吐瀉物と頭突きを喰らわせる。須臾だけ不気味な雲の間から顔をのぞかせた満月は、小さな人間を嘲笑っている。大丈夫、問題ない。俺たちを囲む暗闇が目の前の気にくわない全てを地獄の底まで葬り去ってくれる。言葉を心底軽蔑しているふたりが醸し出す沈黙を雷鳴が突き刺す。空いた空間を無理に埋めようとせずに済むのは、hといる時ぐらいだ。水は空気中からこぼれ落ちる。相手にされなかった者の行方は下の下の下。俺たちは重力に立ち向かうことができなかった。「重力の存在を受け入れるのって、いつ頃かな」と言ったhの言葉は多分真理を捉えているけれど、今も昔も重力と関わり合いながら生きているのに変わりはないし、20年も共に在ればそいつの遇らい方を心得ていてもおかしくない。それなのに俺とhは重力に蝕まれてしまった。蝕まれたって事実を、俺は読みかけの本に挟んで、hはCDの凹凸に刻みつけて、それぞれ抽斗の奥の奥に押し込んでいたはずなんだけど、その事実はふとした瞬間に物質を超え、目の前に戻ってきて涙腺を満たす。互いの顔までの間隔さえも掴めないまま、理性と意思を失った眼球を見つめ合う。もっと狂おう、っていう無言のやりとり。言葉なんて必要ない。目線は空気を揺らす。このまま人生を続けるにはやっぱり酒が不可欠で、煌然たるスーパーへと向かって舵を切る。中に入ると、ハロウィンの煌びやかな飾りつけと共にお菓子が盛大に陳列されているのに気がつく。俺たちは浮世から突き放された世界にいる。hはその飾りつけやお菓子を目にした途端、今の心と幼かった心との間には擲っても刺してもびくともしない硬くて分厚くて酷薄な壁ができてしまったとか、世間がハロウィンの波に揺られてるって今になって知るなんて私たち孤独すぎるじゃんとか喚きながら、その場でしゃがみこんでしまって、容量未知数の涙腺から濁流のような涙を堰を切ったように流し出す。轟音を立てる冷房の下、青白い光に照らされて泣き崩れるhを見下ろしていると、俺まで泣きたくなってくる。ガラス越しに目に入る冷凍食品や、大雑把に陳列された鶏の死骸が途端に悲観的な意味を含み始める。空気中に拡散していたはずの悲しみが俺とhの周囲を取り囲み、体内に染み込んでくる。悲しみを追い払おうとしても、そんな気力なんてさっきの暗闇の何処かに落としてきてしまっている。hの嗚咽と拍動は指数関数的に加速する。生まれてから死ぬまでに心臓を刻むことのできる回数は皆一緒だって、なぜかそんな考えが脳に浮かぶ。それなら、躁と鬱を何度でも行き来してそんなくだらない数字を早くゼロに近づけよう。けどそれに達するにはどれだけの悲しみと遭逢することになるだろう。まったく、面倒くさい。カネを酒に注ぎ込むしかまともになる方法は残されていない。泣き止まないhのために、棚に凭れ掛かっている中でとびっきり度数の高い酒を買って、化粧の剥げ落ちた顔の正面から浴びせかける。頼むから、もう少しだけ一緒にいてくれ。そうじゃないと、煙草を巻いて秋の青空を見上げながら、生きてる、ってことを実感することもできなければ、夜が明けると襲いかかってくる煩わしい予定のことを顧みずにクラックラになることもできやしない。息絶えるまでhの存在は鼓動として俺の中に生き続ける。共に数字をゼロに近づけよう。さっき買った瓶を咥えてまた同じ道を逆からなぞる。暗転。濡れた身体で平明を待つ。