深酔

頭から深紅の液体が滴り落ちているような予感がして、額に手の平を当ててみる。けど何も付いていない。それでもまだ何かがポタポタポタポタと.....落ちてくる溢れ出す頭蓋骨のキャパシティを超えて! やばいやばい何かが漏れる。血か?これは? どっかで頭打ったっけ? それとも誰かに撃たれた? また額をさすってみるけどいつもと何も変わりはない。じゃあ額に沿って流れずに直接地面に飛び散っているのか? 果物が破裂した時みたいにさあ! けど地面にじっと目を凝らしても、もうこの人生で何十回何百回と目にしてきた何の変哲も無いリノリウムが横たわっているだけなんだよ。じゃあ今現在俺の脳味噌から流れ落ちているものは何? たまたま隣に居た奴らにそう尋ねてみても、もう頼りになる奴なんてひとりも居ない。客観的な視線なんてこんな場では木っ端微塵に砕け散っている。俺って何でこんなクソみたいな状態になってんの? なんかしたっけ? 3時間前の記憶を検索。皆無。1時間前の記憶。皆無。30分前。皆無。1分前。皆無。あーーー過去の記憶なんてこれっぽっちも残ってないじゃん。感じられるのはたった今この瞬間だけ。時間軸なんてそんな陳腐なもんに惑わされてたまるかよ! "今"っていう概念さえあればそれで事足りるじゃんだって世界中の全人類は"今"にしか存在し得ないから! 過去を遡っても額縁に嵌めて飾っておくような記憶なんて無いに等しいし、未来に目を向けてもどうせ破滅や搾取の道しか見えないんでしょ。やってられるかよこんな世界でさ。だから俺らはこんなむさ苦しい社会不適合者の掃き溜めみたいな狭い空間で最上級の"今"ってものを探求しているのさ。洒落っ気の欠片もない空間で呑気に"今"を持て余しているお偉いさんなんか糞食らえってんだよ。偉くねーよてめーらなんか。貴様らみたいな権力持ってないとガタガタ震えてしまうような奴らに払う対価など皆無だ。こんなこと考えながらカウンターにたどり着くと唯一素面で頼りになるバーテンが一言。お前何回トイレに走ったか知ってるか? だってよ。こんな醜い自分の姿想像できるか? けどこの場で一番悟っていて一番信用できるのはこのバーテンだけだ。彼の言葉を信用するしかない。ということでやっと解決したよ、これほどまでに脳味噌から何かが滴り落ちてきている理由が! もうやばい、普段使っている頭の部分だけでは、今、目の前に確かに存在している世界の全てを受け止めることはできそうにない。脳味噌が真っ赤っかで、びっしょびしょで、絶えず波打っていて、その波は防波堤を遥かに超えて外へと溢れ出す。俺ひとりの力じゃどうしようもない。爆音で流れる音楽に縋り付く。